株式会社 矢田健商店

大阪市で業務用のお惣菜やオリジナル商品の提案・pb商品の開発は株式会社 矢田健商店にお任せ下さい。

会社概要

■会社名
株式会社 矢田健商店

■所在地
大阪市西成区長橋1-10-16
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■電話番号
06-6641-2818

■FAX番号
06-6647-4417

■事業内容
惣菜加工卸

 

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高野山金剛峰寺が弘法大師が開山後1200年の間栄えた謎

高野山金剛峰寺が弘法大師が開山後1200年の間栄えた謎

  1. 水と泥岩が豊富です
    山の頂上付近に流れる川は泥岩に囲まれているため、また、地下水の湧き出る池にも豊富な泥岩に恵まれて湧き水も豊富であります。泥岩は海底や湖底に泥が堆積してできた1/16mm位の細かな粒子の堆積岩であります。みずが通りにくい性質があります。<br>
  2. 食料の問題
    高野山金剛峰寺には領地が21200石ありました。戦国時代から江戸時代には2万石の大名は多くおられました。高野山金剛峰寺は境内の広さは3KM-4Km四方ありました。山のふもとには21200石の領地も所有していて年貢米が豊富に入ってきました。領地の檀家の農家からも農作物も寄進されてきました。精進料理の材料に恵まれていました。
  3. 特産品が高野豆腐保存食が生まれました。
  4. 人口減少の問題
    徳川家・織田家・真田家など日本の国の多くの大名との間に高野山を子弟教育、真言宗、他の学問の教育の場として高野山を使用をお勧めされてゆきました。そして若い人子弟を高野山に呼び込みました。。そのため、日本国中から若者が学問.と修行のためやってきました。金剛峰寺には宿坊に住まいする学生が食べる食事が2000人分用意できる大きなかまどが設置されています。女人禁制の制度があるのは、この高野山に学問の為にやって来た若者たちの修行のためだったように思われます。
  5. 寺院は木造建築です。火災が多かった問題があります。高山の寺院建築は瓦屋根ではなく茅葺屋根でありました寒さに強かったからです。
    茅葺屋根のため火の周りが早く非常に火災が多かった平安時代には瓦はありましたが技術的な問題で800Mの高山の冬の寒さが厳しく屋根瓦にひびが入ったりするので瓦の代わりに茅葺屋根を使用しました。火災の原因の大半は落雷によるものでありました。現在高野山は3km^4km四方に112の寺院があります。寺院建築の建物のそばの地中にスプリンクラ-を埋め込んで寺院を火災からまもっています。。現在は雷による火災が減少したそうです。
 

2017-09-28 17:00:00

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